よっコラム☆七転び八起き

よっこらしょっ!肩の力を抜いて日々の雑感をつづります。 アラウンド50の子供のいない専業主婦。時々、家業手伝い。らくちん主義です。 アラ50ならではの美容健康と装い、ラク家事食事、夫、同居のこと。お金。 田舎生活、都会で息抜き、そんなことを。

2018年11月

秋篠宮殿下のお誕生日会見をみて

やんごとなき御方の事を記事にするのは、とても難しいのですが、
個人の雑記ブログということで、思うままに文字にしていこうと思います。

今朝の秋篠宮殿下の会見を聞いて、私の率直な感想は、
あ、やはり結論は、ほぼ出たのだな。。。と思いました。

「多くのひとが納得し、喜んでくれる状況にならなければ、婚約にあたる納采の儀を行うことはできません」

「相応の対応をするべき」

のお言葉から察するに、小室家側の金銭問題を国民が納得する形で解決しなければ、結婚にはいたらない。
と解釈するのが自然だと思います。

現時点で、小室圭さんに返済のメドが立たないことも、
小室圭さんの将来的なことが未知であることは、周知のことでしょう。

小室圭さんから、婚約を辞退申しあげる。ことになるのでしょうね。

これが、一般人としたなら・・・おこがましい話ですが、
眞子さまのお立場になったら、
結婚を諦める方向で、相手に話をすすめます。
生活能力が現時点でないこと、相手の母親に沿える感覚になれないことと、
先々の結婚生活の母親の介入を避けられないこと。

小室圭さんにしても、生活能力を問われたなら辞退するより他ないでしょう。

女性側の両親であったなら、
何故 反対するのか、この先どんな不安要素があるのかをコンコンと説明して、
娘を説得するでしょう。

男性側の親であったなら、
生活基盤がない状態での結婚は、普通は反対します。

ただ、結婚を望む男女が双方一般人だったならと考えてみると、
やはり反対しても、二人の意思が固いのであれば、折れてしまうかも。
んーーー。
結婚は、生活基盤のメドが立ってからと条件を提示するか、
ただ、この件に関して1番の気がかりなのは、
収入や生活基盤の問題よりも、
男性の母親の身の丈に合わない金銭感覚や上昇志向、
息子への過剰な買いかぶり、お金を用意する手段、借りたものを返済しない感覚、
そこなんだと考える。
やはり、一般人同士だとしても、特に女性側の親だとしたなら結婚は受け入れられないだろう。

辛い決断になるかもしれないが、速やかに小室さん側からお別れを申し出、
眞子さまも冷静に受け止めて、それぞれの幸せに向かって欲しいと願う。

マスコミも国民も騒ぎ立てずに、見守るべきじゃないかと。
決して、小室さん親子の生活を悪意でおびやかすことの無いように。

しかし、母親のあり方について、子供のいない私が、考えさせられました。

他人のこと言う余裕なんてないんじゃ?

記事の本題の前置きになりますが、
私が結婚した年齢は43才で初婚です。今から6年前です。
現代では、アラフォーでも独身や離婚歴アリの独身も多い時代ですが、
それでも40才オーバーでの初婚は晩婚の部類に入るのかなと思います。
特に田舎町では、晩婚の認識が強いのだと思います。

結婚を機に田舎での生活がスタートしたのですが、
私の出身地も、どちらかと言えば田舎なので、
田舎での生活や人間関係などは、
なんとなくでしたが想像は出来ていたつもりでした。

ここと、私が18才まで生活していた出身地とを比較すると、
人口は、私の出身地の10分の1です。
同じ田舎でも、人口や産業、気候が違うと違いがあるものですね。
それまでは、日本で暮らす日本人は、どこの田舎だろうが、
そんなに違いがあるわけじゃないと、呑気に考えていたものでした。

私の夫はバツ1なので、私は後妻ということになります。
こんな小さな町だからこそ、家業の跡継ぎであるバツ1夫の後妻というのは、
何かと気にされる存在かもしれない。よそ者でもありますし。

へーっ、あの人が後妻の・・・初婚なの? 
〇〇さん(夫のこと)どこで知り合ったの? 

ある程度の好奇の目は、まだ良いとして、

〇〇さん、あの後妻に、騙されてるんじゃないの(失礼な)
彼女が初婚って、何か欠陥ある女性なんじゃ?(ホントに失礼な)
あの年で初婚って、過去になにか いわくつき?(ここまで言われると呆れるしかない)
田舎では、晩婚というだけで、色んな想像力をかきたてられてしまうのだろうか?
こんな風に思う人がいることを私は想像してませんでした。

私との会話の中で、いやらしい顔をして、探りを入れてくる人がいるのですよ、
中には、何から何まで時系列で聞き出してくる人もいて、その遠慮の無さに辟易しましたが、
うがった見方をされて勝手な想像でアレコレ言われるよりは、
直に事実確認してこられた方が、マシだとも思いました(笑)

うがった見方をする人は、その人のことを後で知ると、
人のことを言える立場にいるのか?
自分のこと棚に上げて、言うわけ?
という人が、なんと多いことか・・・。
しかも、勝手な想像を交えて、人のこと言うので、質が悪い。

他人のこと、よその夫婦のこと、よその家族のことを言える人って、
実は、少ないと思います。
いつも何の問題もなく円満で平和な家庭って少ないのですから。

人のことを悪いようにトヤカク言っておきながら、
息子が、性犯罪おかしたり(幼児に痴漢行為)、これには驚きだったが。
娘が、躁鬱で近所で騒ぎたてたり、これは病気なので仕方ないが。
娘が、スピード離婚して子連れで出戻ってきたり、これも人の人生の1場面だが。

犯罪は、稀かもしれないが、病気、離婚、再婚、浮気、引きこもり。。。。
どれもこれも、自分や自分の家族が そうならないと言い切れるものじゃない。
ましてや、現在そんな事情があるのに、他人のことを想像でとやかく言うのは、どういう了見なのか。

自分や自分の家族のことを棚に上げる荷物が大きい人こそ、
他人のことを悪く言うものなのか?と思ってしまいました。

口は災いの元って広い意味があるのかな。
人を悪く言うから、自分に望まないことが起きるのか、
自分に問題を抱えてるから、人を悪く言いたくなるのか。

他人のことを言う余裕があるのなら、
自分の足元をしっかり見つめて、自分や家族が平和に過ごせることに、
気持ちを注いでいた方が、メリットは多いんじゃないのかね。



専業主婦が駄目だとは思いたくないけれど

今の時代、専業主婦というと肩身が狭い気分になることがある。
なんだか言い訳がましいが、
何度も記事にしてるように、我が家は家内企業である。
嫁でも家業の手伝いや役割分担は当然あるので、同業者の奥さん達は給料制で、お給料を得てる奥さんも多い。

なので、世間一般で言われる専業主婦とは、ちょっと違うという自負もあるのだけど。
我が家の場合は、収入に関すること一切を義父が取り仕切っていて、内情を家族に明かさないので、
そのへんの実情は分からないのだが、私は、お給料という形のものは頂いてはいない。
自営なので国民年金は収めているが、国民健康保険料は低い金額であるし、住民税は収めていない。
そのことから、自分は専業主婦というカテゴリーになるのだろうと、私は認識しているし、そう言っている。

家業の手伝いが不定期にあるので外に勤めに出ることは無理なのだが、
特別なキャリアも資格もないアラフィフの私に、就職先があるかと言えば、正社員では、ないだろうと解っている。
結婚を機に仕事を辞めた時点で、次の職場ということには、夫と結婚していなくても、ならなかった話である。

同居している姑の話に移るとします。
姑も家業を手伝っているが、認識は私と同じく専業主婦だと思う。
姑は、結婚前の独身時代に勤めに出たことは一度もなく、
地方の短大を卒業してからは、実家に戻り、和裁や洋裁を習い花嫁修業をしていた女性である。
就職するという教育は親から受けて育ってはいない女性である。
22,3才で結婚し、24才で長男である夫を産んでいる。

当時は、昔なので当たり前だが、家の造り、家電も全てが、今のように機能的で便利ではなかったので、
この広い家の管理や掃除も大変だったと思うし、家業の手伝いも大変だったと察しがつく。
今70才代の姑が、勤めに出た経験もなく、家業の手伝いをしながら専業主婦として生活してきたことに対して、
私は何も恥ずべきこととも、引け目を感じることもない。と思っているが、
ただ、やはり仕方のないことだが、世間や社会の視野が狭いことは否めない。
人は、経験でしか分かり得ないことも多いので、自分の物差しでしか物事を考えられないのも理解できない訳じゃないが、
始末が悪いのは、自分の物差しが正しいと思い込んでいることと、
自分の物差しで計れないものに対し、否定し排他し、自分の尺度を押し付けてくることである。
本当にこれは、この先、私も気を付けなければと思う。
私も狭い社会の専業主婦生活が続くのだから。

姑が口にする、子供を持たない女性への批判的意見、
ワーキングマザーは、子供が可哀相だという、子育ての批判や無理解。
嫁は嫁ぎ先に尽くすことが当たり前で、長男嫁は同居し義理親の面倒を見て当たり前という
時代錯誤の考えと、自分達だけに都合が良い考えの押し付け。

こういった大半のものは、嫁の私に向けられているものなのだが、
それと同時に、姑自身が自分肯定のアピールをしているのだとも感じる。

いや、もしかすると、姑の強い劣等感の裏返しかもしれないが・・・
というのは、長年 夫である舅の浮気に苦しめられていた姑である。
舅のオンナ癖は今に至っても変わってないのだが、
これまでの中で、姑が、自分に生活力と経済力があったなら離婚もできた。という考えが浮かばなかったとは言えない。
自分で働いて生活する能力が無いことを自覚してるはずである。
そのことが強い劣等感となり、自分肯定アピールになってるのではないかとも思えるのだ。

以前に夫から聞かされた話だが、
夫が仕事で収入を得るようになって間もない頃、父親の不貞に苦しむ母親を不憫に思い、
俺がお母さんを養うから、父親と別れて暮らしても良い。と言ったことがあるらしい。
その時に姑は、息子に迷惑はかけられない。私は、仕事の経験もないし、生活の自信がない。
これまで全てお父さんに頼って、守られてきてるから、今の暮らしが出来てる。と答えたそうな。
家事や育児、家業の手伝いを真面目にこなしてきてた姑だが、何でも舅の言う通りに従ってきたとも言える。
時代が後押しして、家業も軌道にのり、そこそこ豊かな暮らしをしてきたというのもあろうかと。

自分の歩んできた人生を否定したくないのも、人というものである。

話は、それてしまったが、
私は、姑がネチネチと 視野の狭い偏った主張らしきものをアピールしてくる度に、

貴女は子供を産んで育てたからといって、人間として上等ということですか。

専業主婦として子育て出来たことが、そんなに子供の教育や性格形成、健康状態及び、
子供たちが大人になってからの人生に貢献できたと思ってるのですか。

働くことに何の学びも成長も無いと言いたいのですか。

妻が働かなくては成り立たない経済事情があるということを理解できないほど、頭の中はお花畑なのですか。

などなど・・・心の中で思ってしまう。
きっと、私が心の中で舌打ちしてることさえ、想像もできないであろう。
自分は正しいことを言って、可愛げがない相手(嫁)を打ちのめしてるという感覚だろうから。
まったく、これだから・・・。

うちの姑に限定した言い方になってしまったが、
自分の尺度だけで判断せず、思考し、情報の正否に敏感になったり、相手の立場を考える姿勢を持つことが少しでも出来たら、
専業主婦でも兼業主婦でも、子供がいようがいまいが、結婚しようが独身であろうが、
それぞれの生き方があってイイだろうと思えると思う。

何よりも、分かっていない自分を自覚することなんだろうなと。
それと、誰しも何がしかの劣等感はある。
劣等感からくる批判や主張の押し付けは醜くく、何も良いことにはならないということも知るべきかと。

自戒の念をこめて。



人を不快にさせといて、機嫌わるいの?って何 (`´)

今日から1泊で夫が出張。あ~嬉し。あ~セイセイするわ。

食事の支度も洗い物もチョー楽ちん。
テーブルの上は散らからないし→日本茶カップ、珈琲カップ、水グラスと各飲み物のカップに、3つのリモコンが散乱。
ウルサイ物音もない→テーブルにモノを置く音、ドアの開け締め、持ったモノを床に落とす。
→夫も手荒れするのでハンドクリームを塗る→ヌルっと滑ってモノを落とす。

昨日の夫は、靴の手入れをして収納、冬靴を出す。という行為をしていたのだけど、
手入れセットを私に用意させ、毎回 手順を説明させ、
最後は、手入れセットも広げていた新聞紙も そのまま出しっぱなし。

ちゃんと片付けてね。と言うと、返事はするものの、そのまんま。
挙げ句に、出した冬靴の保管状態が悪かったのか、革の部分に防水スプレーの染みが付いていたらしく、
それを私の手順の説明が悪いからだと言い放つ。
・・・ 手入れの仕上げの防水スプレーのかける量を適量に加減しなかったか、
スプレーが乾く前に仕舞ってしまったか、と察するのだが。

私は、靴磨きや手入れは、夫の靴までしないことにしている。
自分の靴やカバンは自分ですべき。と考えているから。
一通りのクリーナー、クリーム、スプレーなどは揃えて、一箇所に置いてある。

夫は、靴の手入れは、収納まで 本音は私にしてもらいたい。
しかし、そうしてくれないので、嫌々自分でやっている。
嫌々やっているので、やっつけ仕事で少々雑。

そもそも、革製品というものは、買う時も吟味して購入するだろうし、そんなに安い買い物ではないのだから、
愛着を持って自分で手入れをするのは、男女問わず当たり前だと思うのだが。

夫はゴルフクラブは、ゴルフから帰ってくるやいなや・・すぐに磨く。
バイクの上下革のコスチュームも布で吹きあげる、ヘルメットも拭く。
それらを拭くための布も専用に用意してあるし、自らすすんで行っている。
カバンも自分でたまにだけど、クリームを塗っている。
だけど、靴は 面倒らしく嫌々やってるのが見てわかる。

前置きが長くなってしまいましたが、
自分が使うモノを人に出させて、しかも使いっぱなしで片付けない。
自分の手入れの雑さの結果を人の指導のせいにする。
そんなんで、私がイラッとくるのは自然で当然の感情だと思うのだけど、
私の様子を伺って、
なんか?機嫌わるいの?とかシレッと言ってこられると苛立ちが倍増してくる。
機嫌が悪いとは、単なる気分屋のようで、こちらの性格に難があるような言い方じゃないか。
そもそも、人の気分を害するようなことをしたり、不快にさせた覚えがない、と言ってるのと同じじゃないのか。

僕は何もしていないのに、妻は気分で感情の起伏の波があって、扱いに困る。
という図式には、ならないだろうがっ

夫のこーいう偽善的なところは、ほんと辟易するわ。

結婚6年目で卒婚に憧れる

ワイドショーで、【卒婚】について沢山 語られてますね。

正直、今の本音を申すなら、私も【卒婚】に憧れます。
私達夫婦は結婚してまだ6年です。
6年しか経過していないのに、卒婚に憧れる妻というのも、どうなのか...とも思われるでしょうが、
夫の親と同居生活をしてる妻ならば、そんな本音を持ってる女性は多いんじゃないかな。どうでしょう。
お子さんの自立のメドがたったなら、尚更 憧れると思います。

夫に対しての問題よりも、
夫の両親といつまで同じ屋根の下で支配されながら生活を続けなくてはならないのかという問題です。
経済的支配、仕事的支配、この2点は大きいです。
もちろん人間関係の相性の悪さというのも根底にありますけれど。

夫の職業的に、夫がこの家から離れることは、まず考えられない。
夫の性格的にも、老親の面倒を放棄することも考えられません。

私は、さほど自分の親とも仲が良いわけじゃないけれど、
自分の両親と夫の両親のどちらが心配で大事かと言うなら、自分の親の方なのは当然ですし、
手をかけたいのも自分の両親です。

専門医のいない田舎での生活も、老後不安の一つです。

経済的に叶えられるなら、60才以降はこの土地からも義親からも開放されて、
自由な生活をするのは夢です。

私がアラカンになった時、状況がどうなってるかは予測できませんがね。

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