よっコラム☆七転び八起き

よっこらしょっ!肩の力を抜いて日々の雑感をつづります。 アラウンド50の子供のいない専業主婦。時々、家業手伝い。らくちん主義です。 アラ50ならではの美容健康と装い、ラク家事食事、夫、同居のこと。お金。 田舎生活、都会で息抜き、そんなことを。

家族

テレビと電気と義理父

食後の7時から、また映画鑑賞に興じてる夫。
Amazonプライムビデオ フル利用してます。

聞くところによると、子供の頃からテレビっ子だったとか。
刑事コロンボ、白バイ野郎ジョン&パンチ、ビバリーヒルズ白書・・見てたらしい。
そんな頃から海外ドラマを見てたのかぁ。
私は、大草原の小さなお家 くらいしか記憶がないな。

田舎っ子ですからね。テレビが娯楽だったのでしょうかね。

そう、ここの家は、住んでる人間の数よりテレビの台数の方が多いのですよ。
1階の義理両親エリアは、
 キッチン、義母の部屋、義父の部屋、リビング、和室、
2階の夫と私のエリアは、
 リビングとして使ってる部屋、義弟が帰省した時に使用する洋室、
全部で7台のテレビがあるのです。
どんだけテレビ好きな家族なんでしょうね。

義弟の部屋以外は、6台が毎日フル稼働してます。

この中の1台でも寿命がきたら、新しいテレビを購入すると思うのですが、
一気に寿命がこないことを願います。
ま、2階の私達のリビング以外は、買うのは義父でしょうけど。

ちなみに、義父の趣味なので自慢でも何でもないですが、
家の庭には、冬場は電飾がキラキラとライトアップしています。

私はキラキラは好きですけど、
我が家の庭のキラキラは、無駄だなと思うのです。
しかも、
我が家の2階にはトイレが2つあるのですが、
私達夫婦が出掛けた時に、義父は偵察に2階にあがってきて、
ご丁寧に、2箇所の洋式トイレの便座の暖房のコンセントを抜いたり、
キッチンの換気扇を切ったりして下さるのです。
電気代の無駄だという理由で・・。

庭の電飾の方が無駄のような気がするのですがね。。。

人間に矛盾はあるものなので、もう慣れましたが。


ちょっとウザっ

昨日、夫からお年玉を頂きました。

こちらの記事→夫からお年玉

頂いたお年玉は、今年の分でした。
封を切らずに箱に保管しています。
お年玉封筒の数が10枚になったら、何か買うかもしれませんが、
いつかの使い途は、まだわかりません。

何かを買うことよりも、1年間の夫からの感謝の気持ちが、大事なことなのです。

話は変わり、今朝の話になるのですが、
数ヶ月前に夫の小学校の頃の同級生の一家が【夜逃げ】したという話を聞きました。
詳しくは、同級生のご両親が、この町から居なくなったようなのですが、
その理由は、聞いた数ヶ月前では、不明でした。
最近になって、どこからか情報が、我が家の義理両親のもとに入ってきたのでしょう。
聞いた情報では、
お母さんが投資に失敗をして、会社のお金(自営だった)に、手をつけていたらしいのですが、それでも工面できなくなり、
夫婦で夜逃げとなったようです。

その情報を姑が夫に朝、伝えてきたらしい。
で、夫が私に伝えてきて。

話を聞いた私は、
はは~ん
お義母さん(義父も)、私のことを心配してるんでしょ。
と夫に聞き返しました。

というのは、自宅に届く私宛の郵便物で、証券会社から書類が届くことがあるのですが、
義父と義母にすると、聞いたこともない証券会社(ネット証券)から、
頻繁に書類が届く(定期的なんだけど)のが不審に思えるらしいのです。

嫁は、株か何かをやっているのか?と。

田舎の高齢者にとって、株などは、資産を失うギャンブルのような感覚なのでしょう。
夫にも証券会社から書類が届くことはあるのですが、
息子の郵便物に対しては、あまり意識が向いてないのかもしれません。

私は過去に私宛の郵便物を舅に開けられてたことが、ありました。
気になって、ショーがなかったのだと思います。
ただ、その郵便物は、デパート友の会の満期の知らせのハガキだったのですが。

それとなく、舅から夫に私の郵便物の探りが入ったことがあって、
単純な夫は、「あ~、投資関係の書類でしょ」と答えたらしいのですが、
その返答が、ますます義理両親を不安にさせたのかもです。

今朝は、夫は姑から、
「◯◯さんのとこ、そういう理由だったらしいけど、嫁は大丈夫なのかい?」と、
やはり私のことを聞いてきたようです。

夫は、安全なことしかしてないから大丈夫だよ。
と答えたらしいのですが。

安全と言われても、姑には何がどうして安全なのか理解不能だと思います。

私としては、年代的に無知からくる心配というのは、わかるのですが、
本音を言えば、ウザいのです。
確かに、出費も貯金も投資も、お金の出処は夫なんですが、
毎月の渡されてる生活費の範囲内でやってることで、
やってることは、投資であって、ギャンブルでもなければ投機でもありません。

いちいち、探りを入れられるのも・・・。
気持ちは、わかるのですがね。

ちなみに、夜逃げの原因になった投資とやらは、先物取引だったそうです。

先物って、

私の感覚では、投機なんですが、
その説明を義両親にする気力も解説力もないし。。。

始末の悪いことに、姑という人間は、
自分の思い込みで決めつけて、周囲の人間に言いまわるのですよ。
田舎の高齢者達ですよ・・・聞いて、どう受け止めるのか?
で、更に始末の悪いことに、聞いた人の中には、
ご丁寧に私に忠告してくる人がいるのですよ
遠回しな言い方で。。。

田舎での暮らしと同居の面倒臭さは、
意外な点にもあるのですよ。

今朝の夫の「大丈夫だよ」で、納得してくれてるかな~。
夫にしても、こーで、あーでと説明するのも大変だと思います。

やれやれ。

面倒よのぅ😞

同居に向いてる人

結婚して6年、夫の親と同居して4年越えの私が、同居の向き・不向きについて思うことがあります。
婿や嫁の同居適正ではなく、親の同居適正で考えてみた話です。

同居に向いてる親というのは、
子供夫婦と同居なんて、気を使うから難しいと、考える親。
案外、向いてるのではないかと思います。

同居に向いてない親というのは、
子供は(長男は)親と同居するのが当たり前だ。と考えてる親。
そういう親こそ同居には向いていない。

親だろうが子供だろうが、同居って気を使うものなんですよ。
気を使うことが当たり前の前提として考えられる親は、まだマトモです。
子供に同居を強いる親は、そこが抜けてるというより、相手が気を使って当然という高慢な考えの持ち主なので、
同居生活が円満にいくとは考えにくい。

舅となる親が、好色家である。→向いてない。
これは、モラルという面よりも、姑の感情面が問題になります。
夫が浮気性である妻の精神状態が良いわけがない。
息子の親ならば、息子に過分な期待や執着心を持ちがちに。
息子の嫁など、それでなくとも気に入らない存在なのに、余計に気に食わない存在になってしまいます。
自分の夫が、よそを向いてると、息子夫婦に過干渉になり、嫁のアラを突きます。
夫の浮気の苦悩から、自尊心も傷ついているので、
他人で身近な同性である、すなわち嫁に対する敵対心も強烈です。

経済力が乏しい親。
これは、説明無しでも理解できると思います。色んな意味で生活が窮屈になります。

衛生観念が欠けすぎてる親。
神経質すぎるのも大変ですが、欠如していると、食事をともにするのも、共有する水回りの使用も苦痛になります。

他人に思いやりが持てて、ある程度の経済力があり、それが継続できて、
夫婦仲円満で、キレイ好き。
これらが最低条件ではないかと思います。

あ!大事なことが抜けていました。
依存心と支配欲です。依存心と支配欲がないことも同居円満の必要条件だと思います。

そもそも、人生も生活スタイルも結婚スタイルも、
選択肢が増えているこのご時世で、
他人との同居で消耗すること自体
バカバカしいと私は思います。
同居は結婚生活の墓場です。絶対に人には勧めません。

そんな考えである私も、義親との同居不適合者です。はい。自覚してます。


悲しい知らせに怒る義父は、何が言いたい?

60才以上の女性が数人集まると、決まって病気・健康の話が話題にのぼります。
人の噂話よりかは、生産性があるとも言えるので、悪いことでは無いと思います。

急激に気温が低くなってくると、弱っている身体にショックを与えてしまうのでしょう、訃報もポツポツと耳にします。
自分と同年代の方の悲しい知らせは、何かを思うのでしょう、沈んだ気持ちになっているのが、見て取れます。

昨日は、更に悲しい知らせが届き、
90才の男性の自死の知らせが。
うちの舅が息子である夫を呼びつけてした話では、

息子さん夫婦と同居していた90才の男性は、息子さん夫婦との仲がうまくいってなかったそう。
そのことを苦にしての自死だと舅の説明だったそうな。

その話を夫から聞いた私は、舅の説明の意図が感じられて憤りを覚えてしまいました。
「お義父さん 怒りながら、その亡くなった男性の息子さん夫婦のことを
 けしからん親不孝モノのような言い方をした説明だったでしょ」と夫に聞くと、
やはりその様子。

私はこの田舎の出身ではないので、住民情報にはウトイこともあり、
更に夫に詳しく聞いたところ、
亡くなった男性の奥様は、何年か前から病気で施設生活に。
男性は、数年前から鬱の傾向が見られていた。
代々農業を営んでいて、息子さんが継承し、仕事に波はなく順調そうであったとのこと。

自らの命を絶つなんて、どう想像しても悲しいことにしかならないが、
息子さん夫婦との不仲が原因と安易に言えるのだろうか。
言えるかもしれないし、言えないかもしれない。
事実は、解らないのである。
我が家のお得意様でもあるご家庭なので、明日からの葬儀に舅も夫も参列するが、
夫には、念押ししたが、息子さん夫婦を責めるような表情や態度をしてはならないと願う。

こんな小さな田舎町のことで、人の口に戸は立てられない。
高齢化が進んだ過疎化の町は、時に、人に残酷だ。
数の力が働いてしまうことがある。
子供世代の数よりも老親世代の数の方が多いのだ。
親を大切にしろ、高齢者を敬え。と住民の多数が思ってることになるだろう。
事実や内情なんて、外からは計り知れないことがあるものなのに。
息子さん夫婦は、これからも、この町で家業を営んで生活していかなくてはならないのである。

しっかし、うちの舅と姑は、何でもかんでも、自分達に都合良く解釈し、
それを人に押し付ける。
今回も外出先から帰宅したばかりの夫を呼びつけて、
先程のような説明をし、夫を通して、何かを言わんとしてることがスケスケである。

まぁ、1つ安心できることがある。
自分たちが有利になるように意図的に情報操作するような人間は、
おそらく、その調子で生き続けるであろうと。

それぞれのご家庭のお正月料理と同居嫁の独り言

12月は、年末年始の食事計画を立てたり準備したりと、そんな時期ですね。

この時期になると、お節料理の写真や画像、サンプルも目にします。
暮らしている地域や、出身地にもよると思いますが、
アラフィフ・ベテラン主婦の皆さんは、お節はご自分で作りますか?
それとも、デパートや仕出しで注文されますか?

私は、お節のお重は、いただく事はあっても、自ら買うことは経験ありません。
独身の頃は(43才まで)、実家に帰省し、母親が作った我が家のお正月料理を食べていました。
お重に詰めた料理ではなく、大皿に盛り付けた料理です。
家族が好んで食べるものに、イクラ、数の子、煮モノ、酢の物、茶碗蒸しをプラス。
弟家族も帰省してますので、その子供達が好む煮込みハンバーグやフライも。

今にして思うと、弟の奥さんも、うちの母親とは、よくある嫁・姑の複雑な感情があったことも察するし、
今でも無いとは言えないと思うけれど、毎年 お正月は、律儀にうちの実家に帰省し1泊して、
弟嫁の務めを欠かさず果たしてくれているなと感心します。

私は結婚してからは、年末年始の帰省はなくなり(夫の家業が繁忙期)、
ここの家で、お正月を過ごしています。(超憂鬱)
やはり、お正月は血の繋がった家族と過ごすべきものだ、と広い意味で思います。

大晦日の夜、三が日の朝食は夫の家族と一緒に食事をします。
ここの家では、お節のお重に詰める、昆布巻、伊達巻、煮豆、かまぼこは市販のものを。
ナマス、うま煮、数の子の醤油漬けは、姑が手作りしたものを。
それらをお重に詰めます。私は調理には、何も手を加えません。
あとは、お刺身盛り、天ぷら、フライ盛りを和食屋さんに注文します。
大晦日の夕食の締めにお蕎麦というスタイルです。
あ、大きなタラバガニを剥き身にするのが私の役目です。
茶碗蒸しもお雑煮も姑が作ります。

手作りのものは、姑が作ってくれています。
私は、カニを剥く、お重に詰める、テーブルセット、最後の片付けと洗い物をするだけです。
洗い物も食洗機に食器をセットして、食洗機では洗浄できない器を私が手洗いしてます。

なんか、長男嫁として大したことせず、 失格の烙印を押されそうですよね。
実際、年末年始は、姑は疲れたを連発するし、
夫以外の家族からは、何もしない嫁の烙印を押されてるような、肩身の狭さがあります。

昆布巻など、市販品の食品は、そもそも ここの家族にとって好む食べ物じゃないので、作らずに買ってるワケですし。
家族が好むメイン料理は、専門店のものを注文するのは、私がこの家に嫁ぐ前からの慣例だそうです。

ここの家は、買ってくるもの、お店に注文するものが多いので、
私の実家の母親に比べると、手作りの負担は、ずっと少ないと思うのですが。
まぁ、家業柄、年末年始も義父と夫は仕事があるし、姑も私も寝正月というワケにもいかないので、
それで良いとも思っているのですが、
毎年、姑は 自分ばかり仕事してるアピールをしてきます。

私が嫁いだ最初の年は、調理には、あえてノータッチで様子見、味見とさせて頂きました。
その家の正月料理、その家の味付けがあると思ったからです。

姑は、料理全般において上手だと思います。
姑の作る、茶碗蒸し、お雑煮を初めて口にした時、わ~美味しいと素直に思いました。
味付けが絶妙で、優しい味で、とにかく美味しいのです。
自慢にもならない話ですが、私は独身の頃、年齢の割には、本格的なお店で食事する機会に恵まれていた方だと思います。
長い独身生活の中で、個人的にも食べ歩きは趣味でもあったし、外食の機会は多かったと思います。
板前料理も和食も食べてきたのですが、プロと比較しても、
姑の茶碗蒸しは、なかなかの味だと感心します。お雑煮もそうです。
年末には、夫の弟家族も帰省してきます。
義理弟は、奥さんを若いころ癌で亡くしてるので、シングルファザーで頑張って一人息子を育ててきた人です。
しょっちゅう、息子を連れて帰省してきてますが、そんな時は焼き肉屋さんに行くことが多いので、
茶碗蒸しもお雑煮も、お正月ならでは口にする母の味もしくは、おばあちゃんの味じゃないかと私は思ったので、
今後も私が調理を手伝うことはしない方が良いのではと考えたのです。
私も自分の実家に帰省していた頃は、母親の手料理が食べたいものでしたし、
私の母親も料理は、弟の奥さんには、一切ノータッチにさせています。

ただ、結婚して数年経ったあたりから、
ナマス、うま煮くらいは、私が担当しようかなと考えているのですが、
なかなか言いだせないままです。
それらも、姑と同じ味には作れないし、夫の家族が好むのは姑の味じゃないかなと考えてしまうからです。

姑が自分が作った方が良い料理と嫁に任せても構わない料理を判断して、分担を振り分けてくれると良いのですが、
そう私が申し出たならば、案外と言うより、たぶんきっと、
姑の意地悪根性が出て、(そういう人だから)
自分でも自認している得意料理、家族の高評価料理の茶碗蒸し、お雑煮を私に振ってくるだろうと思うのです。
で、私が作ると、味が変わるので、せっかくのお正月に義理弟家族に申し訳ないとも思うし、
私が作ったとして、ブーイングが出たならば、
これまた姑の思う壺で、嫌味を正月早々から聞かされることになるのも面倒。

私の料理がド下手ということじゃないですよ。(笑)たぶん。
茶碗蒸しとお雑煮は、絶対 姑が作る方が美味しいし、家族の為にも、作り続けて欲しいと思いますが。

例えば、他の正月料理、
ナマスは、姑のは、けっこう甘口で、私はお砂糖控えめです。
うま煮は、姑のは、かなり油をつかって炒めてるのか、鶏肉の脂が出るのか、
具材がアブラでコーティングされていて、しっかりコクがある味付けで、
炒め煮風です。アブラで具材がテラテラ光ってます。
私のうま煮は、油も少量、鶏肉も余分な脂は切り落とします。いわゆる煮物風です。

他の料理でも言えることですが、私は、オイル、砂糖はあまり多用しません。
使用するオイルは、グレープシードオイル、オリーブオイル、コメ油です。
お肉、お魚の脂肪分も、切り落としたり、そもそも脂の多い部位や食材を使用しない傾向にあります。
お砂糖は、てんさい糖です。白い砂糖は、しつこい甘さに感じるのと、健康上も考慮して買いません。

食べる側にとっては、旨味の要素と言える脂肪分、糖分がはっきりと舌に感じる味の方が、
特にここの家族は、馴染んでもいるし、美味しいと感じるだろうと思います。

家庭料理に他人が手を加わるのって、難しいのです。
元来、食いしん坊の私は、人の食の嗜好が様々なことを独身の頃の食事経験からわかっていたつもりだったし、
ここの家族の嗜好も理解出来ていたし、
そんな理由から、私は同居しても食事は別と強く主張したのです。
郷に入れば郷に従うのが良いのかもしれませんが、それは 限られた期間なら出来ても、継続する毎日では私には無理です。

果たして、今度の大晦日の食事の手伝いは、どうすればイイのか。
いつまでも、準備、後片付け、カニ剥きだけでは、責められてる感もあり、
自分でも心苦しいのもあるし、
しかし、その半面で、
その手作りの品数なら、家族の為にも、姑が作っても・・・という気持ちもあるし。

お正月って、家庭を持ったら、自分達のお正月スタイルを構築していけるものだと思ってました。
我が家スタイルです。
それをアレコレ考えたり模索しながらの過程も楽しいだろうなと妄想してました。
結婚して大晦日とお正月が憂鬱な気分になるなんて・・・。

いつか、私にも晴れやかな気分で過ごせる、我が家スタイルのお正月が来るとイイのですが。

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